インド日記1:階級社会という現実

私は空調の効いた涼しい(むしろ少し寒いぐらいの)部屋で授業を受けています。
また、休憩時間には毎回紅茶とお茶菓子が出されます。
授業は非常に楽しく、かなり快適な生活を送っているといえます。

しかし、ふと窓の外を眺めると、暑い中何らかの工作作業を行っているインド人を見ることができます。
彼らは汗をかきながらきつそうな肉体労働を行っています。彼らの喉をうるおすのはぬるくなった水だけです。

おそらく、彼らの年収は私の月収にも満たないでしょう。
どう見ても私の方が楽な生活(しかも何も生産していない!)をしているにもかかわらず、私の方が金銭的に裕福な暮らしをしています。

非常に不思議です。

不自然だとすらいえます。

ではその不自然さを解決する方法があるかというと、私には思いつきません。
私の収入を全て彼らに差し出したところで、私という人間を一人貧しい生活にするだけでだれも喜びはしないでしょう。

もちろんそれは、日本の全収入を差し出したところで同じことです。
一時的には暮らしが豊かになっても、その富が平均化されてしまえば全員が貧乏な暮らしをするだけに過ぎません。

このインドという国では、階級制度というものを受け入れて暮らすしかないのです。
その現実から目を背けることなどできません。

ひょっとすると、古代や中世などの時代にも、自分達の置かれている階級制度に疑問をもった王侯貴族がいたのではないでしょうか。

富める者と貧しい者の差に不自然さを感じながら、どうすることもできず生きていた人がいたのではないでしょうか。

そんなことを考えてしまうのです。