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異能力者が抱える承認欲求: 不戦無敵の影殺師2巻

(「不戦無敵の影殺師」 1-2巻のネタバレ注意!!)

echizen_tm 氏の紹介記事を読んだのをきっかけに購入した「不戦無敵の影殺師(ヴァージンナイフ)」ですが、すっかりファンになってしまい、先日発売した2巻を読んでからは、久々に感想記事をブログで書こうと思い立つまでになり、こうして記事を公開するに至りました。

不戦無敵の影殺師 2 (ガガガ文庫)

不戦無敵の影殺師 2 (ガガガ文庫)

作品紹介と1巻のあらすじ

1巻の詳しい解説は echizen_tm 氏の素晴らしい紹介記事に譲るとします。

ここでは簡単に作品紹介をします。
この作品の舞台は現代の東京に極めて近いですが、「異能力者」という存在がいるという点だけが異なります。
普通のラノベですとこの異能力者が街中壊してドッカンドッカンと「敵」と戦ったりするわけですが、この作品ではそのような暴力行為は全て「違法」です。
異能力の使用は異能力制限法という法律により厳しく制限されていて、犯罪行為のために行使することはできません。
そこで、異能力者が異能力者として生きるためには、この世界では芸人のような形で活動しなければなりません。(一部警察官のような異能力者もいるようですが未登場)
主人公冬川朱雀(ふゆかわ すざく)の異能力は煌霊遣い(こうれいつかい)という、死にかけの人と契約して煌霊という使い魔のような形で使役し、その煌霊とコンビを組んで敵を暗殺するという、極めて実戦的な異能力です。
しかし、そのような異能力が「芸人」として売れるはずもなく、大した仕事ももらえずにうだうだしていた、というのが1巻冒頭の状態でした。

以下に、かつて私が現代社会人に例えた1巻のあらすじ紹介ツイートがあるので載せておきます。



1巻での朱雀は、
「俺は強い、だけど世間は認めてくれない。俺より弱い異能力者が俺より人気があるのは妬ましい」
と、卑しい嫉妬と承認欲求を顕にしつつも最後には実際に強さを世間に認めさせることができ、仕事も増えてハッピーエンドになったかのように見えました。
しかし、承認欲求の形は一つではありません。

  • これでは足りない。もっと多くの人に認めてほしい!
  • 俺が認めてほしいのは何もわからない一般人じゃない。俺の技術を本当にわかっている人達に認めてほしい!


こうした、違った形の承認欲求を描くのがこの2巻です。

羨望と嫉妬

朱雀は、強くないけどバラエティアイドルとして売れている蟠龍院川匂(ばんりゅういん かわわ)を素直に「うらやましい(p.37)」と思います。川匂の方がTwtterのエゴサーチのヒット数が圧倒的に多いし、テレビでの出演回数の多い彼女こそまさに「異能力者としての成功者」だと思っていました。そして朱雀の羨望と嫉妬の対象の頂点こそ、1巻の最後で倒した滝ヶ峰万理(たきがみね ばんり)でした。

しかしそんな朱雀自身が、実は他の同業者の羨望と嫉妬の対象になっていたのです。

バラエティ番組で明るい笑顔を振りまく川匂は、番組の打ち上げ会場で朱雀にその嫉妬と敵意をあらわにします。

「すべてを高みから見下ろしてる、その態度が許せないんです! 何様のつもりなんですか!」
(p.126)

「だけど、業界内で評価されるのはあなたですからっ!」
(p.127)

「(前略)ぶっちゃけた話、わたしがいないと成立しない番組なんて一つも存在しないんですよ! わたしが消えたら、他のアイドルの子を呼べばいいんです!」
(p.128)

「この異能力者業界の中で正しいとされるのは、いつもいつもいつもいつもあなたみたいな個性の強烈な異能力者のほうです! わたしだって、これでも一本一本真剣勝負なんですよ!(中略) だけど、ほかの先輩も、同期も、業界の話題で出すのは、あなたや滝ヶ峰先輩なわけですよ。わたしが『異能力者の話題』や『異能力者の文脈』で語られることなんて一度だってないんですよ!」
(p.128)


彼女は異能力者として異能力者に評価されたかったのです。

このシーンのすぐ後に、今までは割とおちゃらけたキャラだった後輩の柏木小犬丸(かしわぎ こいぬまる)でさえ、「朱雀は異能力者の夢である強さを認めてほしいというものをかなえてしまった、だから嫉妬されるのは当たり前だ」とはっきり言います。

また、この2巻にはようやくラノベらしい悪の組織が登場します。その組織は「売れない異能力者」を戦力として多数抱えています。
登場した能力をいくつか挙げると、確かにどれもテレビの芸人としては売れなさそうな感じがします。

  • 自己治癒能力
  • 透明な住居を創造する能力
  • (ネタバレなので秘密)


芸人として食べていくことのできない彼らのうちの一人は、朱雀とその煌霊小手毬(こでまり)に対し、「どうしてお前らだけ成功したんだ」とその嫉妬心をぶつけてきます。

ここで朱雀は、かつて自分が滝ヶ峰万理に対して向けていた「あいつは最強のフリをしているだけだ」という嫉妬心からの敵視が、実は自分に対しても向けられていたことを知るのです。

異能力者としての承認欲求

川匂は、終盤で朱雀と小手毬に勝負を挑みます。
バラエティアイドルとしてではなく、異能力者としての真剣勝負です。
戦闘描写を見る限り川匂はかなり強いです。普通の異能力バトルものであれば、最強でなくても間違いなく強キャラの部類に属するはずです。そんな彼女だからこそ、バラエティアイドルに甘んじていることが屈辱だったのでしょう。

「わたしは自分は強いってずっと言ってきました。だれもそれを真に受けたりはしませんでした。いつしか、それはギャグになり、わたしの持ちネタになりました。人はわたしが強いという言葉を聞いて、笑いました。笑うな! あなたたち全員が間違ってて、わたしだけが正しいんだ! それを証明してやる!」
(p.255)


この言葉は、1巻で女子高生アイドルの霧原みぞれが、八百長をしろと指示されて悩んでいるときにこぼした発言を思い出させます。

「みぞれが異能力者の業界に入ったのは強くなりたかったからなんです。(中略)みんなを騙してまで偉くなれだなんて、みぞれを侮辱するにもほどがあります……」
(1巻 p.218)


2巻中盤での小犬丸の以下の発言は、こうした異能力者達の思いを一言で表しています。

「結局、異能力者っていう生き物はですね、みんな、心の片隅では『強くなければいけない』って思ってるんですよ。表でわざわざ言わなかったとしてもね」
(p.141)


専門技術者として

この異能力者と「強さ」というものは、間違いなく「専門技術者」と「技術」のメタファーです。
ここでいう専門技術者には、芸術家なども含まれます。実際、先述の発言の後に小犬丸はこのような話をしています。

「友達のエロゲー絵師が言ってました。本当はもっと上手く絵を描ける。でも、そういう絵が望まれてないから、描かないって」
(p.141)


おそらく著者は実際にエロゲー絵師に取材した内容をほぼそのまま反映しているのでしょう。この言葉には共感できる「技術者」も多いのではないでしょうか?

「自分の強さ」を証明したい、でも「強い」だけでは食べていけない。こうした異能力者が抱える悩みに対し、本巻ではまだきれいな解決策を出せていません。しかし朱雀は、「結局、俺たち異能力者は戦うことでしかわかり合えない(p.263)」と、一つの答えを出していきます。
真剣勝負の結果が川匂の芸人生活にどのような影響を及ぼしたか、本巻ではまだ分かりません。バラドルとしての看板に傷をつけただけで終わったのか、あるいは「強い」異能力者としての新たな一面を見せて人気が上昇したのか、それは次巻以降で明らかになるでしょう。

「不戦無敵の影殺師」は、決して万人向きの作品ではないです。よくある異能力バトルのような、強い主人公が敵をぶっ飛ばして終わり、という作品ではありませんし、きれいなハッピーエンドにも絶望的なバッドエンドにもなりません。あとついでに言うと萌え系サービスシーンもほとんどありません。小手毬がバスタオルを巻いただけというシーンはありますが話の必要上必須だしそのシーンでの萌え描写はないです。それでも、今の自分の仕事のあり方に悩んでいるような30代前後の社会人にはドンピシャな内容だと確信しています。是非一度本屋で手に取ってみてください。

おまけ

「法的に美少女って名乗ったらアウトな年齢なんてないでしょ! みんなが美少女と思ったら美少女なんです!」
(p.250)


法的に問題なくても、各方面で色々物議をかもしそうな問題発言ですね。