セールスエンジニアという仕事

現在の自分の肩書である「セールスエンジニア」という仕事がどのようなものか知らない方も多く、毎回説明するのが大変なのでブログ記事にしました。セールスエンジニアという仕事はなかなか馴染みがありませんが、20代後半から30代のITエンジニアのキャリアパスとしては面白い仕事の一つだと思います。マネージャーになるかどうか考える前に、是非一度読んでください。

この記事では、ClouderaのようなB2BのITソフトウェアベンダーのセールスエンジニアを想定して執筆しています。他の業界のセールスエンジニアについては確実に状況が異なりますのでご注意ください。

要約

セールスエンジニアとは、お客様が自分たちの製品を正しく活用できるよう情報を提供していき、営業が製品・サービスを販売するのを助ける仕事です。お客様への製品紹介と提案が主要業務ですが、その方法は様々です。お客様の要望を満たすようなサンプルプログラムを数日で書くといったような、品質よりも速度を要求される開発も必要となります。

セールスエンジニアとは?

「セールスエンジニア」という名前は非常に誤解されます。しかも海外では略称がSEのため、日本でいうシステムエンジニアと混ざってしまい余計に誤解を招いてしまいます。この記事では誤解を避けるため、あえて略称を使わないことにします。

よく「営業ですか?」と聞かれます。違います。セールスエンジニアは営業ではありません。しかし、ソフトウェアを開発するわけでもありません。「技術面で責任を持ち」かつ「営業と同様に売上に責任を持つ」職務、というのがセールスエンジニアの基本的な定義です。

スーパーの野菜を買うのに毎回専門家に相談する人はいないでしょう。しかし、ある程度価格が高く、しかもその価値の理解が難しいような商品であれば、自分一人で購入するかどうかを決めるのは難しくなります。そういう場合は、購入の判断材料として専門家の意見を聞くことが必要になってきます。

業務システムに大規模に組み込むようなソフトウェア製品では、営業が商品カタログを紹介するだけでは購入すべきか判断がつきません。そこで、セールスエンジニアの出番となります。

セールスエンジニアは、お客様が自分たちの製品を「正しく」活用できるよう情報を提供していきます。ここでいう「正しく」というのは、単に技術的に正しい活用方法というだけでなく、どうすれば自分たちの製品をお客様のビジネスに活かせるか、もっと端的にいうと「どうすればお客様がもっと儲けられるか、あるいはコスト削減できるか」といった説明も含まれます。セールスエンジニアはビジネスと技術のどちらについても説明できなければなりません。

Clouderaのような、ビッグデータのための基盤を提供する会社では、ビジネスと技術双方の理解がより一層重要になってきます。大量のデータを効率よく活用するには技術を理解していなければいけませんし、ビッグデータ活用の技術を活かすにはビジネスを把握しなければいけません。この両者を組み合わせて説明できるセールスエンジニアは、Clouderaにおいては花形の職業と言えます。

具体的な仕事内容

まず、メインの仕事となるのはお客様への製品紹介と提案です。営業に紹介されたお客様に自社の製品の説明をしたり、あるいはお客様のやりたいことをヒアリングして、それにあった製品あるいはその組み合わせを提案することで、製品の価値を伝えていきます。

一口に価値を伝えるといっても、その方法は様々です。エンタープライズ向けの高価なソフトは、簡単なカタログ紹介だけで購入してもらえることはまずありません。セールスエンジニアは自分の持つ技術や知識を駆使して、そのソフトが本当にお客様の望むことを実現できるかどうかを伝える必要があります。

セールスエンジニアの仕事にデモ実演というものがあります。一見簡単な仕事のように見えますが、非常に難しい仕事です。お客様によって要件は全く異なるため、その要件に合わせて一つ一つ作っていかなければいけません。Hadoop や Spark、HBase や Impala といったソフトの動作について詳しければいいというものではなく、どういうデータを取り込んでどういう処理を行っていくのかなどを設計し、しかも実際に動くものを作らなければいけません。これを一週間や数日といった非常に短い時間で作ることが要求されます。

Web上での情報公開やカンファレンスでの発表といった活動も行っていきます。勉強会での発表、githubでのコード公開、こうした活動全てが、セールスエンジニアにとっては通常業務の一つとなります。

どの技術がお客様にとって不要であるかということを説明することも仕事の一つです。お客様に自社製品を購入しないよう薦めるケースも多々あります。Hadoopではなく、ExcelGoogleスプレッドシートPostgreSQLを使うことを推奨するケースも多いです。

Clouderaのセールスエンジニアの鉄の掟として「絶対にウソをついてはならない」というものがあります。分からなければ分からないと言わなければいけません。「セールスエンジニアの信用」というものにこだわったり、あるいはお客様に無理矢理売るために、その場を切り抜けるだけのウソを言ってしまうことは絶対にしてはならないのです。

セールスエンジニアの何が面白いの?

実際にお客様と話をして、そのお客様が本当に必要としているものを提供できることが一番楽しいです。「顧客が本当に必要だったもの」というジョークのような状況を回避できるわけです。どんなにいい製品でも使い方を間違えれば意味がありません。高価な商品を買ってもらうので、それに見合う価値があることを正しく理解してもらい、満足してもらうことが楽しさの一つですね。

様々なお客様のシステムを知ることができるというのも楽しみの一つです。◯◯という会社で××という有名なシステムがあるけど、そこにHadoopを使おうとしている、あるいは既に何年も使っている、ということを知るのはとても楽しいことです。

単にそうしたシステムを知ることができるだけでなく、そうしたシステムを運用する方と一緒に問題解決に携わることができるということが一番楽しい部分でしょう。先進的なシステムを相談できる相手はなかなかいませんので、我々の知識と技術でもってそうした問題の解決に役立てるというのはとても楽しい経験です。

セールスエンジニア FAQ

営業なの?

違います。

営業と一緒で売上に責任持たされるの?売上出ないとクビになるの?

どういう風に売上の責任持たされてるのかは企業秘密だと思うのでここでは書きません。
セールスエンジニアが売上だけでクビになることはないと思いますが、どの道うちみたいな会社は能力を発揮できなければクビになります。

よく誤解されますが、普通に仕事してればクビにされることはそうそうないです。大会社とかでよく見かける「この人なんでクビにならないんだろう」と噂されるような、全く働かない人が実際にクビになるという話です。日本の会社で平均的な勤勉さをもって働いている人なら普通クビにならないと思います。

ただ、会社の業績悪化等で部門ごと消滅したりまとめてクビ切りというのは可能性としてあります。そういうケースのときにすっぱりあきらめられる程度の覚悟は必要でしょう。

クビになるかどうかの話については、 リスクヘッジと給料と英語 も読んでみてください。

コード書けるの?

書けます、というより書かなければいけないケースは結構あります。
通常のソフトウェア開発と根本的に違うのは、品質よりも時間最優先になるということです。
「実際に動かすとこんな感じになりますよ」というのを説明できればいいので、いかにスピーディに作り上げられるかが重要になります。

じゃあソフト作れるの?

開発の責任はないので普通は作りませんが、セールスエンジニアとしての職務の傍ら普通にOSSプロジェクトや社内のプロジェクトにコードをコミットしている人もいます。化物です。ちなみに私の上司はチームミーティングで、「飛行機で移動中に書いたんだ」と自分のgithubのページを開いてコードの説明を始めます。

毎日スーツ着なきゃいけないの?

客先にいかないときは普通に私服ですし、お客様によってもスーツだと堅苦しい雰囲気になるような会社にはTシャツ+ジーンズで行ってます。もちろんスーツを着なければいけないケースはありますが、大体週1-2回ぐらいの頻度じゃないでしょうか。着ないときは1週間ずっと着ませんし、毎日着る週もあります。

儲かるの?

売上分のインセンティブは懐に入ってきます。なので儲かるときは儲かります。
営業よりも売上の責任は少ない分、売ったときのインセンティブは少なくなっている(はず)です。
インセンティブをどう設定しているかは秘密です。

どんな人がセールスエンジニアに向いているか

日本ではこのセールスエンジニアという仕事があまり多くないため、なかなかこの仕事に踏み込みづらいと思う人もいるでしょう。
しかし、よくある「求めるセールスエンジニア像」というものは、顧客目線で云々とか、イマイチピンとこない説明ばかりです。
そこで、私の独断と偏見で、どんな人だったらこの仕事ができるのか、あるいはできないのかについて書いてみました。

ここで「向いていない」というのはあくまでセールスエンジニアという仕事に対してのみですので、他の仕事に対する適性とは全く異なります。むしろ、あえて他の仕事において長所とみなされるような特徴をリストアップしてみました。

技術力があることは大前提なので以下には記載してません。

セールスエンジニアに向いていると思う人

  • 技術ブログ書いたりQiitaに投稿したり勉強会で発表したりと、技術情報を発信するのが好きな人
  • ドキュメント書いたり、ドキュメント翻訳が好きな人
  • OSSコミュニティで質問によく答えてる人
  • コード書くのが速い人。コード読むのが速いとなおよし
  • 本読むときにとりあえずサンプルコードちゃんと動かす人
  • 他人のために料理作るのが好きな人

セールスエンジニアに向いていないと思う人

  • コードしか書きたくない、一日中コード書いて過ごしていたい人
  • ソフトウェアをじっくり開発したい人
  • 自社システムなど自分の問題解決のことだけ考えたい人
  • とにかく売上だけを伸ばしたい人
  • 降ってくる仕事をひたすらさばきたい人

セールスエンジニアのキャリアパス

多くのセールスエンジニアは数年間の技術職のバックグラウンドを持っています。ソフトウェアエンジニアから研究職まで、その職種は様々です。新卒でセールスエンジニアになる人は少ないと思います。少なくとも私は会ったことがありません。私の場合は8年ほどサポートや開発、コンサルなどを行ってから現在の仕事に移りました。

セールスエンジニアから次のキャリアパスは、概ね以下のパターンに分かれると思います。

  • 転職・異動などにより他の製品・技術のセールスエンジニアとなる(専門性の強化)
  • セールスエンジニアのマネージャー
  • コンサルタント(製品の販売ではなく、契約に従ったプロジェクトの遂行に責任を持つ技術者)
  • ソフトウェアエンジニア

まとめ

セールスエンジニアという仕事がどのようなものか、少しは理解できたでしょうか。グローバルや外資系IT企業ではメジャーな仕事ですが、日本の企業においては馴染みの薄い仕事です。しかし、20代後半から30代のITエンジニアのキャリアパスとしてはなかなか悪くない仕事ではないかと思います。「30代になって、マネージャーになるか一生エンジニアを続けるか」といったような悩みを抱えてる方には、是非こうしたキャリアパスがあることを知ってもらいたいです。


Cloudera でセールスエンジニアとして働きたいと思ったらこちらの募集要項を読んでみてください。


2016/06/04追記: コメントに対する回答

色々とコメントもらったので、いくつかとりあげて回答します。

なんでセールスエンジニアみたいな当たり前の仕事のことをわざわざ取り上げるの?

特に外資系IT企業に勤めているとセールスエンジニアという職業が当たり前に存在するので不思議に思うかもしれませんが、日系企業ではセールスエンジニアは非常に珍しく、そもそも存在すら認知されていないことが多いのです。
この記事に対する多大な反響を見れば理解できるかと思います。

それ、セールスエンジニアじゃなくてXXX(職種名)では?

セールスエンジニアに相当する職種名としては、システムズエンジニア(日本のSEとは違う)、フィールドエンジニア、プリセールスなどの呼び方があります。ここではセールスエンジニアで統一しています。

それ、コンサルじゃないの?

通常コンサルタントは契約に基づく有償対応を行う職種となります。セールスエンジニアは常に無償対応です。
お客様の立場から見ると無償対応できるセールスエンジニアはお得なように見えるかもしれませんが、逆に言えば対応を行うかどうかはセールスエンジニア側にイニシアチブがあるということでもあります。他に優先度の高い作業があれば当然対応できません。
「絶対に」対応してほしいのであればコンサルの契約を結ぶ必要があるということです。

それ、結局営業じゃないの?

下記参照。

営業は何やってるの?

営業はお客様とビジネスの話をメインに行い、価格交渉などを経て最終的に取引を成立させることに責任を持っています。よって、案件があった場合の責任者はあくまで営業であり、セールスエンジニアは営業の依頼で技術対応を行う、という関係になります。
営業は正直門外漢なので私では説明できないことも多いですが、真面目にやろうと思うと非常に難しい仕事あるのは間違いありません。営業もまた一つの専門職です。

外資系だと新卒のセールスエンジニアいるよ

外資系大企業で働いたことがないので知りませんでした。
少なくともClouderaには現在のところ新卒からセールスエンジニアという人はいません、としておきます。
一番若くて20代後半〜30手前くらいの印象ですね。30代が大半で、40代も珍しくないという印象です。

なんか随分中途半端な仕事だな

営業寄りになりすぎてもいけないし、技術寄りになりすぎてもいけないし、うまくバランス取らないと中途半端になってしまう危険は確かにあると思います。
ただ、私が今まで会ったセールスエンジニアの中には技術も完璧で、かつ営業スキルを持ち合わせたスーパーマンみたいな人は何人もいます。
そういう風になれるかどうかは本人の資質もあると思うので、人を選ぶ職種だとは思いますね。

2016/06/05追記

それ、エバンジェリストじゃないの?

エバンジェリストは何らかの担当(普通は製品やサービス)を普及させることに責任を持ちますが、案件対応に責任を持つわけではありません。
それに対し、セールスエンジニアは個別の案件対応(正確に言うと案件支援。詳細は後述)に責任を持ちます。
私はテクニカルエバンジェリストという肩書を持っていますがあくまで兼務。

それ、エンジニアじゃないんじゃないの?

日本だとなぜかIT系のエンジニアはコード書いたり製品開発したりする人という認識が強いですが、そもそもエンジニアというのは技術者という意味なのでセールスエンジニア(営業の技術者)という職種は名称として実態を正しく説明していると思ってます。

それ、技術営業なんじゃないの?

私も日本のお客様に自己紹介するときはセールスエンジニアと名乗っても理解してもらえないのでついつい技術営業と説明してしまうのですが、私の主観では技術営業とセールスエンジニア(営業の技術者)は違うものだと思ってます。
セールスエンジニアは営業ではないからです。営業との違いについては他の回答を参照してください。
この辺は別にコンセンサスが取れているわけではないと思いますので、あくまで私の個人的な意見という風に受け止めてください。

やっぱりやってることは営業じゃないか!!

先述の追記をしてもまだこういうコメントをいただくので、ちょっと外資系の業務について補足します。
外資系の会社では、業務において必ず責任範囲というものを定義されます。
その中で、営業はビジネス案件をハンドリングし、クローズする(例えば、製品ならそれをお客様にご契約いただく)ことに責任を持っています。
一方セールスエンジニアは、営業が案件を上手くハンドリングしていくのを支援することに責任を持ちます。
この違いは非常に大きいです。案件の責任を持たない限り、セールスエンジニアは決して営業ではありません。
営業っぽいセールスエンジニアがいようと、技術に詳しい営業がいようとこの事実は決して変わりません。
もちろん、企業によってロールや責任の定義は異なりますので、上記と異なる企業もあるでしょうが、多くの外資系企業では上記の通りではないかと思います。

セールスエンジニアの評価基準ってどうなっているの?

評価基準の設定は組織の活動効率に直結するため、割と機密性の高い情報となります。
ここでは概ねこのような傾向という形で説明します。

基本的に、「自分が支援した案件の売上」が評価基準となります。営業ほど案件についての責任は重くありませんが、自分達の支援によって営業が受注できるかどうかが変わってくるため、ある程度業績は連動します。
これ以外にも、「チーム全体の売上」も評価基準としてチーム間の協力体制を取りやすくしたりなど、様々な工夫が存在します。
逆に言えば、細かい行動は全て自由なため、どういう方針で行動するかは個々のセールスエンジニアによって大きく異なります。
お客様の目の前でライブコーディングしてデモする人もいれば、製品のソースコードレベルまでやたら詳しく説明する人もいますし、あるいはビジネス側の会話メインのほぼ営業みたいな人まで様々です。
Clouderaのセールスエンジニアはかなり技術寄りの人が多いと思います。これがいいことかどうかはわかりませんが……。

エンジニアに薦める仕事じゃないだろこれ

おそらくソフトウェアエンジニアのことを指してるのだと思いますが、そもそもこの記事は「プログラマかマネージャーかでキャリアを悩んでる人」向けに書いたものなので、ソフトウェアエンジニアとして一生やっていく覚悟を決めている人にはあまり関係のない記事だと思います。
その二択だけがITエンジニアの人生じゃないよ、ということを言いたかっただけですね。

製品の説明できない営業の方が問題じゃないの?

営業は当然カタログレベルの製品紹介はできます。しかし、製品の詳細な機能の説明(たとえばHBase APIの使い方)や、基盤技術の説明(たとえばHadoopなら「どのように分散処理を行っているのか」など)、デモやプロトタイプ作成などを営業が一人でこなすのは荷が重すぎます。
営業は、特にセールスエンジニアの支援を必要としない案件も含めてこなしていますし、案件になる前のお客様との打ち合わせも数多くこなしているため、技術の深い部分に割く時間はありません。
そこで、技術的な詳細が必要な部分だけ専門家であるセールスエンジニアに任せる、という形で分業しているのです。
ちなみにClouderaはオープンソースビジネスを行う企業のため、セールスエンジニアはApacheのJIRAのパッチの調査や説明なども行います。