デッドライン: 「なれる!プロジェクトマネージャー」

デッドライン

デッドライン

voluntasさんのおすすめ本にあったのですが、読んだことなかったので読んでみました。

TL;DR



概要

デッドラインは、トム・デマルコの書いた、プロジェクト管理についての小説です。小説の体を借りたプロジェクト管理についての専門書、と書くべきなのかもしれませんが、正直、専門書と呼ぶには内容が体系だっておらず、概念的・思想的な話が多いので、「専門的な話を多く含む小説」と認識した方がいい気はします。

あらすじ

米国大企業のITプロジェクトマネージャー、ウェブスター・トムキンスは、謎の美女ラークサー・フーリハンに誘拐され、東欧の小国モロビアでソフトウェア開発プロジェクトの責任者として働くことになります。この国はソフトウェア産業で世界トップになることを目標としていて、そのために6つのソフトウェアを開発しようとしています。トムキンスには、1500名の優秀なソフトウェアエンジニアが与えられ、それらの開発プロジェクトを2年弱で成功させるというミッションが与えられます。この膨大なプロジェクトを達成するにあたり、様々な仲間が次々に加わり、それぞれの専門分野に応じた助言を与えていくという形式で話は進んでいきます。例えば、風変わりな女性だけどプロジェクトマネジメントのスペシャリストのベリンダ・バインダは、プロジェクトマネージャの面接におけるアドバイストムキンスに与えていきます。

「わたしたちが求めているのは、世界を知ったらそれを変えていく、自分や部下が目指しているものに合わせて変えていくという意識を持っている管理者よ」 (p.67)

ラークサーによって誘拐された人はトムキンスだけではありません。ヘクター・リッツォーリ博士はプロジェクト管理の権威ですが、ラークサーによって強制的に旅程を変更させられて、トムキンスと議論するよう仕向けられます。博士もまた、トムキンスに助言していきます。

ソフトウェア開発はリスクの多い仕事だ。その仕事を管理することは、リスク管理を実践することだと言っていい(p.82)

その他にも、モロビアの大総統NNL、モロビアの将軍ガブリエル・マルコフ、プロジェクト分析モデルについての若き研究者アブドゥール・ジャミッド博士など、トムキンスのもとに優秀な人物たちが集まってきて、プロジェクトは順調に進むかのように見えます。

ところが、総統NNL不在のときに、内務大臣アレア・ベロックがプロジェクトを危機に陥れます。ITに限らず、なんらかのプロジェクトに携わった経験がある人なら、「現場のことは一切わかろうとせず、金の話など自分の都合だけでプロジェクトを引っ掻き回す、厄介なボス」という存在を目にしたことがあるでしょう。ベロックは、そうしたプロジェクトを破綻させるトップの権化のような存在です。彼が行っていく悪行には以下のようなものがあります。

  • プロジェクトの締め切りを「リリースが1日遅れるたびに自分が損をするから」という理由だけで一方的に半年短縮する
  • その代わりに、わざと小規模にしていたチームに大量に人員を投下してやる、といって実際に人員を大幅に増やしてしまう(人月の神話を読んだことがあれば、これがどれほど愚かしい行為かわかるでしょう)
  • プロジェクトの真っ最中に、CMMI (本文中ではCMMだがこれは1997年に廃止)の等級を上げるなどして標準化を無理やり進めようとする
  • 当初の契約になかった第7のプロジェクト(それも、航空管制システムを2年でスクラッチから開発するという恐ろしい案件)に無理やりアサインする
  • エンジニア達に残業をさせないようしていたところ、残業時間が平均2時間以下ということに憤慨し、「週80時間でも働かせろ」と言い始める
  • トムキンスがなんとか半年短縮された締切に間に合うよう調整を進めているのを見て、さらに1ヶ月締切を短縮させる
  • その締切に間に合わせるため、週7日労働を命令する

どれ一つ取っても、想像するだけで身の毛がよだつような恐ろしい行為です。この悪役ベロックによってプロジェクトを引っ掻き回されつつも、トムキンスはさらなる仲間を獲得しながらプロジェクトを進めていきます。

最終的には、長期の出張から戻ったラークサーがベロックをあっさりと排除することによって、プロジェクトは順調に進み始め、ついにはリリースにこぎつけることに成功します。

所感

プロジェクト管理について幅広いトピックをカバーしていて、プロジェクト管理をしたことがなくても、メンバーの一員として何らかのプロジェクトに関わったことがある人であれば、「あーこういうのあるよね」と楽しめる内容がもりだくさんです。文章は読みやすいしストーリーは単純で、1日でサクッと読めます。ITの専門知識がなくても読めると思います。知っていた方が楽しいのは事実ですが、なにせ原著の出版が1997年ということもあり、ITの描写についてはかなり古臭いです。ソフトウェアをCD-ROMを焼いて販売するとか、今の20代より若い世代だと理解できないかもしれません。

冒頭に書いた通り、プロジェクト管理の専門書とみなすにはかなり難があります。どのトピックも触りしか説明しておらず、アドバイスの根拠や参考文献などが示されていないので、インデックスとしても使いづらいです。純粋にこういう小説だと割り切って楽しんで読むのがいい気がします。個人的には、プロジェクト管理に役立つというよりは、悪役アレア・ベロックの所業を読んで過去のトラウマを蘇らせて楽しむための本という印象でした。

間違ってることとかデタラメを書いてるわけではないので、トンデモ本というわけでは全くありません。あくまで、他の専門書を既に読了していたり、過去の経験から十分学んでいる人が読むと、復習にはなっても新たな知見を得るには至らず、また入門者が読んでもさらなる勉強の足がかりとするには心もとない、という感想です。

既にプロジェクト経験が豊富であるか、プロジェクト管理経験をしたことがある人が気軽に読むか、あるいはまだ業界に入って間もない人で、プロジェクト管理について雰囲気をさらっと学びたいという人にはいいかもしれません。

ストーリーは単純ではありますが、登場人物や展開が割とご都合主義な部分もあり、自分の感覚としてはラノベを読んでる感覚に近かったです。登場人物などをローカライズして、ITの描写を現代風にアレンジしたラノベとかが出版されたら読みたいかもしれないです。