人間は脳で食べている

人間は脳で食べている (ちくま新書)

人間は脳で食べている (ちくま新書)

「おいしさ」を感じるメカニズムについてわかりやすく書いた本です。
別に寄生獣とかそんな話ではないです。


動物は食べ物を目の前にしたとき、注意深く匂いを嗅ぎ、安全性や必要性を感じたらその食べ物を摂取します。

一方人間は、「賞味期限」や「産地」などの情報を頼りにしてその食べ物の安全性を確認します。

また、味覚だけでおいしさを感じるのではなく、「三つ星レストラン」とか「天然もの」とかの情報によっておいしさが左右されます。


…とまあ、こんな感じの話です。

具体的には、まずおいしさを左右する4つの要素について説明しています。

次に、おいしさを感じるメカニズムについて説明した上で、現代の食生活について解説しています。


内容も面白いのですが、私が本当に面白いと思ったのはその文章の書きかたです。


本文中では、常に「聴衆」がいます。

筆者の書いた(話した?)ことに対して、受け答えしたり、疑問を投げかけたりします。

ドーパミンのような神経伝達物質は神経が興奮する頻度に報じて末端から放出される。…神経の繊維の繋がりによって情報の伝達先が細かく決まっている。
「つまり、電話線みたいなもの」
そう表現しても誤りではない。
「じゃあ、例えばよく出てくるドーパミン神経、セロトニン神経やアドレナリン神経などの違いは、電線の違い?」
KDDIとNTTの違いみたいなもの?」
まあ、そう表現しても間違いではない。

(p.117)

こういった感じです。

「聴衆」が読者の考えの代弁者となっているわけです。

といっても、この「聴衆」は明確な人格を与えられているわけではなく、筆者の主張をわかりやすく伝えるためのツール的な一面もあります。


また、非常にたくさんの具体例やエピソードが書かれていて、よりいっそう話をわかりやすくしています。

個人的にお気に入りなのが以下のマクドナルドのエピソードです。

人為的に食品の味を刷り込むことができたら食品メーカーも飲食店も大繁盛である。
「そんなこと、無理ですよ」
ところが、これにまんまと成功した事例がある。その一つは日本マクドナルド。…方法は簡単。ターゲットを女子高生や女子大生に絞ったという。いろんな理由があったようだが、最も興味深い理由は、
「一〇年、一五年したら子供を連れて戻ってくるから」
(p.183)


とにかく堅苦しさがなく、非常に読みやすいです。

内容的にも万人向けだと思いますので、軽く読書したいときなんかにおすすめです。


…といっても、ただ「軽い」だけではないのがこの本です。

最後に、本文後半の一部を引用しておきます。

快感を過剰に欲求する人間のような動物の末路がどうなるのかは、あまり言いたくはないが明らかである。しってしまった快感は後戻りできない。やみつきになるほどおいしいものはこれからもますます増えるであろう。そのような中で人間はゆっくりと自滅してゆく。人類は緩慢な死を迎えつつある。…もしも人類に終焉があるならば、肥大した脳が快感欲求に陥り、動物としての人間に興味を持たなくなることが関わっていると思えてならない。肥大した脳にすべてを任せず、推測や先回りばかりせずに、自分の感覚を磨くことがまっとうな道だと私は思う。
(p.190〜p.191)