「がはは! また鳥に食われたぞ! 馬鹿なやつだ!」
ここは井戸の底の蛙の国。
親分蛙は空を見上げ、ようやく井戸を上りきりいざ地上に降りたとうとした若い蛙がひょいと鳥にくわえられ、消え去ったのを見て大笑いしていました。
子分の蛙たちも、親分に合わせるように笑います。
「外の世界は危険がいっぱいなんだ。何度言えばわかるのだろうね! 井戸の中が一番安全だと!」
親分蛙は力も強く、とてももの知りでした。
井戸の外には危険がいっぱい。
蛙を食べる凶悪な生物があちこちにいますし、運良く逃れても食べるものを見つけることもできません。
それでも外へ行きたいといって井戸の石壁をよじ登る若い蛙が後を絶たないのでした。
また別の日、親分蛙はうるさいくらいに大笑いしていました。
「がはは、おい聞いたか、先ほどの長老蛙の演説を! あんな滑稽な演説は聞いたことがない!」
今日は蛙の国で一番偉い、長老蛙の演説の日でした。
皆あくびを殺しながらも一様に規律正しく聞いていたのですが、親分蛙はいつものようにがははと笑っていたのです。
そして演説が終わると、子分蛙たちを集めて大騒ぎを始めたのでした。
蛙の国といえどもここは狭い井戸の中、これほど大声でがなり立てては長老に聞こえないはずはありません。
さすがに子分蛙たちもびくびくしています。
長老蛙は普段は大人しいお爺さん蛙ですが、怒るととても怖いのです。
親分蛙は子分たちのその怯えた様子を見ると、更にがははと笑いました。
「お前らはまだ若いからそうやっておどおどするのだよ! オレのように頭もよく、力も強く、年を経た蛙にとっては長老など怖くはないわ!」
耳が遠くなったのか、はたまた聞こえない振りをしているだけなのか、長老蛙はそんな親分蛙を見ようともしません。
大声で笑う親分蛙と、それに怯える子分蛙。
彼らは知らないのです。もうすぐこの井戸がなくなることを。
近いうちに水は枯れ果て、誰も住めなくなることを。
知っていたのは、常に外を目指していた若い蛙と長老蛙だけでした。
長老蛙は、井戸の水をいつもいつも眺めていたおかげで知ることができました。
若い蛙は、先に井戸の外に出た蛙の仲間からの信号で知ることができました。
危機感を抱いた蛙たちは、勇気を振り絞って外へと出て行きました。
何人もの仲間が、親分蛙の言う通りに命を落としましたが、それでも多くの仲間は無事に新天地にたどり着く事ができました。
まず、外の世界は親分蛙が警告するほどには危険ではありませんでした。
また、何度も危機に直面し、問題を解決していくことで、外に出た蛙たちは一層賢く、力強くなっていきました。
一方で、枯れ果てた井戸の底に残った蛙たちは、誰も生き残れはしませんでした。
皆干からびて死んでしまったのです。
長老蛙は、長老としての責務を果たすため、敢えて井戸の底に残ったのです。
彼は井戸の外を目指そうとする若者を選び、旅立ちの手助けをしていました。
井戸が枯れる直前、最後の若い蛙を外の世界に送り出したとき、彼は静かに目を閉じたのでした。
深い深い井戸の底、枯れ果てた井戸の底。
外の世界を笑った蛙と、外の世界へ未来を託した蛙が今も眠っています。